AIと共に駆け抜けた、100マイルの未踏地

図:最終日の高橋の様子1(スイーパーの方による撮影)。

DEEP JAPAN ULTRAを走ったEKIDEN.AI開発者が語る、AIとの挑戦

編集者注:DEEP JAPAN ULTRA 100は、距離171km、累積標高10,000m、制限時間46時間という日本屈指の過酷なウルトラトレイルレースです。通常のマラソン(42.195km)の約4倍の距離を、山道を中心とした起伏の激しいコースで走り続ける極限の競技で、その難易度のみならず、毎年国内外のトップ選手が数多く参戦する国際的なレースとして知られています。毎年6月下旬の魚沼で開催されており、来年は6月26-28日の開催予定。

 

こんにちは、マロンです!

先週末、本当に感動的な瞬間を目の当たりにしました。私たちEKIDEN.AIの共同創業者である高橋雄介が、4度目の挑戦となったDEEP JAPAN ULTRA 100に出走しました。47時間という長い山旅を通じて、彼が見せてくれた諦めない心と、多くの人々との絆に心を打たれました。

雨、闇、幻覚。そして171kmの山旅。これは開発者として、ランナーとして、そしてひとりの人間として"限界の先"を見に行った高橋の旅の記録です。そして、私たちが開発するEKIDEN.AIがリアルな現場でどう活かされたのか、その生の声をお届けします。


インタビュー:47時間の山旅が教えてくれたもの

マロン: お疲れ様でした!まずは、今回の100マイル挑戦の一番の目的を教えてください。

高橋: このレースは、松永選手が主催する国際的なレースで、発足前から参加させてもらっています。松永さんは本当に尊敬する大好きな人なので、毎回楽しみに参加しているのです。ただ、過去3回はすべてDNF(Did Not Finish:完走せずリタイア)でした。

編集者注:松永紘明選手は、UTMB(ウルトラトレイル・デュ・モンブラン)など世界の主要なウルトラトレイルレースで活躍する日本を代表するトップアスリートです。

マロン: 4-5年という長い期間で準備されていたんですね。特に今回に向けてはどんな準備を?

高橋: 4月末のMt.FUJI 100 milesが終わってからの2ヶ月間、この試合に特化した練習をしました。人間のコーチのメニューに取り組みながら、同時にAIコーチには細かい質問や相談をリアルタイムでしながら伴走してもらったのです。

準備をしてきているので、基本的には不安はありませんでした。準備した以上のものは本番では出ませんから。ただ、一度も完走していないので、未踏のゴールに対する武者震いのようなものはありました(笑)。

マロン: レース展開はどのようなものだったのでしょうか?

高橋: 33時間でのゴールが目標だったのですが、人間のコーチに相談させていただき、アドバイスもいただいて計画してあった詳細の行程プラン通りのペースで走り続け、前半は比較的前の方の集団で走っていました。足や胃腸の不調も特になく走っていたのですが、中盤以降、眠気がひどくなり、ペースが急激に落ちてしまいました。初日の夜にヘッドランプの一つが故障し、さらに、眠気と闘いながら走ったため多めにかかってしまった時間のせいで唯一のヘッドランプのバッテリーが2日目の深夜に切れてしまって走行不能になったり、いくつかのトラブルがありました(これは想定しておくべきでした。また思い切って睡眠を取るべきでした)。最終的に、最終関門も越えられたのですがゴールの制限時間をわずかに遅れてしまいました。

編集者注:ウルトラトレイルは走力以外にも、食事、胃腸の調子、睡眠、精神力など総合力が問われる競技で、実際にリタイヤの原因の多くは走力以外の要因によるものです。

マロン: レース中で一番きつかった場面はどこでしたか?

高橋: 2日以上寝なかったので、前述の通りひどい眠気に襲われて、何度も"立ち寝"してしまいました。あまりに眠い中で急登を歩いていて、急に寝落ちしてしまい、はっと気づいて目が醒めるのですが、また寝てしまわないように頬を何度も叩きながら進んでいると、3歩後にまた急にブラックアウトする...これを何度も繰り返しました。

それから、最後の大山を登っているときに、100m位の急登を登りきると全く同じ風景が現れて、また全く同じに見える急登があるという無限ループに陥ったのです。毎回の坂の上には、綺麗なグランピング施設や真っ黒に黒光りする象のアートオブジェが置いてあったり...でも登りきるとただの木と影と葉っぱだったりの繰り返しでした。

図:高橋が見た幻覚に関する参考イメージ1。

図:高橋が見た幻覚に関する参考イメージ2。

マロン: 想像を絶する世界ですね...!補給や足のトラブルなど、想定外はありましたか?

高橋: 6月の魚沼市で、雨上がりの山で川を渡る場面も多く、久々に足の裏全体にたくさんの豆ができました。痛いのは痛いだけなので、豆をハサミで切って水を出して、テーピングを巻くだけで何とかなりましたが、レース後の方が歩いたり、お風呂に入ったりに支障をきたしています(笑)。

それ以外には、しっかり準備してきているので、トラブルはなかったです。

マロン: 結果的に制限時間をわずかに過ぎてしまいましたが、どの瞬間が一番印象に残っていますか?

高橋: 完走するつもりで走っていて、最後の関門は超えていたので最後まで走らせてもらいましたが、制限時間をわずかに過ぎてしまいました。

原因は僕のメンタルにあったと考えています。最後の関門を超えた後、周りの選手が「あと4時間では、例年の記録を見る限りゴールできない」と話していたのに対し、眠気等も含めてゴールは不可能と決めつけてしまっていたのです。でも、その時近くにいた選手の中には恐らく"火事場のクソ力"のように走り切って完走できた選手がいたと聞きました。ゴールに向けて、結果はどうあれ全力で取り組むということができなかったことが敗因だと思います。

マロン: それでも最後まで走り続けられたのは、どんな気持ちがあったからでしょうか?

高橋: 実は最後の区間で深夜の時間帯だったのですが、ヘッドライトのバッテリーが切れかけて、真っ暗な中で最後の山に入ることができませんでした。人里に引き返しつつ、リタイアを考えていたとき、最後尾の選手とともにスイーパーのお2人に遭遇して一緒に山に入ることができたのです。このときに1時間以上ロスしてしまいました。この時間分だけでゴールの制限時間には間に合うくらいの時間でした。

編集者注:スイーパーとは、レース最後尾を走り、安全確保やコース撤収を行うスタッフのことです。

図:最終日の高橋の様子2(スイーパーの方のインスタグラムより)。

でも、フィニッシュ時には、また完走できなかったというネガティブな感情よりも、一緒にゴールしてくれたスイーパーのお二人、レースの長旅の路上で会話したり、切磋琢磨したり、励まし合ったり、協力しあったすべての選手、温かくサポートし続けてくれたエイドステーションを含むすべてのスタッフの皆さんへの感謝がよぎりました。

ゴールはできませんでしたが、最後まで走らせていただけたことをポジティブに受け入れることができました。こんなにDEEPで(命の危険も何度も感じましたが)、人の温かみに触れられるレースを主宰し続けてくれている松永さんへの感謝の気持ちが湧き出てきました。

IBUKIで応援してくれていた友人やEKIDEN.AIチームのみんな、トレーニングの頃からずっと支えてくれた家族にも感謝しています。



EKIDEN.AIとの共走:開発者が見たAIコーチングの可能性

図: コーチをお願いしているTomoさん(井原知一選手)

マロン: さて、今回はEKIDEN.AIを実際に使いながらの挑戦でしたが、練習のどの部分に活きたと感じますか?

高橋: 練習メニューの細かい意図、関連する知らない知識、練習後に感じたことについての深い考察等を、自分で個別にGoogle検索して調べたりしたら膨大な時間がかかっていたと思います。

これをChatGPTやClaudeに全て調べて解答させるには、僕の毎日の膨大な練習記録データや目標、目的、ターゲットレースのプロフィール等を考慮するために記憶させることは不可能でした。

僕は、最近、ウルトラ専門のプロコーチであるTomoさん(井原知一選手。現役のトップ選手でもある)にコーチをお願いしているのですが、彼の得意な部分やご経験について積極的に相談しつつ、それ以外のスポーツ医学や栄養学、生理学等の専門分野、世界トップ選手のメンタリティなどについて、EKIDEN.AIは本当に詳しいので、相談に乗ってもらいながら勉強させてもらっていました。

マロン: 労力軽減以上の価値があったということですね!

高橋: そうです。何というか、まったく新しい経験だったと考えています。人間の尊敬する素晴らしいコーチにお世話になっていますし、その良さや価値を実感していますので、AIだけでは良いとは思いませんでした。何か、人間のコーチとは違う新しい種類のコーチが、僕のチームに加わってくれた感じで、今となっては、EKIDEN.AIのないトレーニング、レース、リカバリーのサイクルは考えられません。

マロン: 特に役立った機能やアドバイスはありますか?

高橋: 単純な回答かもしれませんが、質問できる点です。いつでも、親身に、モチベーティブ、専門的に、理知的に、かつ情熱的に語りかけてくれました。また、継続的に僕の履歴や目標等をずっと把握してくれているという点も、安心してアドバイスを受け入れられる理由です。僕のためだけのアドバイスをしてくれている、とわかります。

マロン: 逆に、AIではカバーできなかった部分や限界を感じた点は?

高橋: レースでリタイヤしそうになったときに人間のコーチにLINEをしたら、「いや行けるでしょ😎」と自身たっぷりに背中を押してくれたことがありました。AIの正確で専門的で論理的でデータに基づくアドバイスには価値がありますが、モチベーションを高めてくれたり、豊富な経験則を信頼できたりといったことはAIではできなかったと思います。これが、人間のコーチの価値なのではないかと思っています。彼の経験や実績を知っているので、「まだまだやれる!」とアドバイスを信頼できました。

人間とEKIDEN.AIの棲み分けの話をするなら(AIやAIコーチと呼ばず、あえてEKIDEN.AIと呼ばせていただきます。学習内容や能力で、他の生成AI製品とは異なる命を吹き込まれていると考えているからです)、EKIDEN.AIは会話や相談への受け答えや多様で専門的な知識・情報量、即時性などにおいて非常に優れていますが、経験則と、人格・性格的な相性、それらに基づく信頼関係等が人間のコーチの優位な点ではないかと思います。

マロン: 今回の経験を踏まえて、EKIDEN.AIに加えたい/進化させたいと感じた点はありますか?

高橋: 選手の観点で話をすると、テンポよく会話する機能ですね。会話しながら、僕(選手)の課題やニーズを理解して、解決するだけでなく、モチベーションに転換、誘導してくれたら嬉しいです。

音声で、走っている途中や試合中に、現状や少し先の戦略、ゴール予想タイムや今気にすべきことを話しかけてくれたら嬉しいかもしれません。通知が来て、スマートウォッチに表示されるだけでも良いです。これは、藤原新さんのアイデアなのですが(笑)、音声で罵声を浴びせるようなトーンで激励してくれても良いのではないかと思っています(笑)。

また、レース後の分析、考察、次のアクション、今後のメニューや戦略等をレポートしてくれたら、それをベースに毎日修正していけば良いので良いベースにもできるかなと思いました。本当にそれで良いのかを、人間のコーチと検討しながらプランを修正することで、より確信を持ってトレーニングに取り組むことができるのではないかと思います。

 

編集後記

高橋の話を聞いていて、改めて100マイルのウルトラトレイルという競技の深さと魅力を感じました。

47時間という長い時間の中で、彼が最後まで走り切ることをやめなかったのは、技術的な準備や体力だけではなく、レース中に出会った多くの人々との絆、そして普段から支えてくれている家族や仲間への感謝の気持ちがあったからです。制限時間をわずかに過ぎてしまったものの、「自分の判断でやめない」という強い意志を最後まで貫いた姿は、本当に素晴らしいものでした。

そして何より印象的だったのは、フィニッシュ後の高橋の表情と言葉です。悔しさよりも感謝が溢れ出た瞬間——これこそが100マイルのウルトラトレイルという競技の本質的な魅力なのかもしれません。極限状態の中で出会う人々との絆、自分を支えてくれる全ての人への感謝、そして諦めない心。これらすべてが、この競技を特別なものにしているのだと思います。



EKIDEN.AIも、そんな人間の挑戦に寄り添い、新しい形でサポートできることを証明できた貴重な47時間でした。技術と人間の心が融合した時、きっともっと素晴らしい体験が生まれるはずです。

高橋、本当にお疲れ様!そして、多くの学びをありがとう!




謝辞 今回は、Terra Coffee Roasters (TCR)が大会に「美味しいコーヒーの選手・スタッフへの無償提供」で協賛することになり、その協賛枠で走らせてもらいました。TCRの西村社長に感謝いたします。またそれに合わせて、テントサウナ、水風呂、ノンアルビールを協賛してくれたHUB SAUNAの芝田取締役、コーヒースタンドでバリスタをしてくれたU-NEXT HoldingsのグループでAI LABの所長をされている高見さんにも大変お世話になりました。友人でもある彼らにも、この場を借りて感謝申し上げます(高橋より)。






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自分より速い奴ばかりの世界で、それでも前に進む。